2025→2026
今年を振り返れば仕事と勉強に忙殺されていたという記憶しかなく、気が付いたら2025年が終わる。後で述べるように次の場所に行くために、4月に通信大学に入学して毎月4つのレポート・試験と格闘していた。夏頃にレポート課題の不合格判定や提出し忘れでうぅぅ.…と落ち込むこともあったが、その後巻き返してこのまま順調にいけば春には実習以外の教科は全単位取れそうである。関心が湧かない、向いてなさすぎる、残業が多いの三拍子が揃っている仕事を何とかやりながら、勉強を続けた2025年の自分にひとまずお疲れ様ですと言いたい。
今年はお盆に大学院の友人に会うために北海道の端まで行ったことも印象に残っている。昆布業を手伝わせてもらったり経営している牧場に連れて行ってもらったりして、友人家族の日常に少しだけ触れさせてもらえた。観光より誰かの日常が垣間見える旅行が好きという発見があった。そして何よりも、僕の地元から1,300km以上離れていて人口5,000人以下の町で同じ学問を志していた同じ歳の人間がいたと考えると人生というものは本当に面白いなと思った。彼には何度も救われており、出会うことができて本当によかった。

2025年を振り返ればきりがないのでとりあえずここまで。
2026年は自分の人生を大きく動かそうと思っている。まずは新卒で入社した今の会社を辞めて、関西からも出て東京に行く。今、社会科の中学・高校の教員免許を取得するために通信に通っている。大学・大学院で社会科学の勉強をしているときが1番ワクワクしており、中学・高校の教員であれば自分にとって楽しいと思える瞬間がある、現実的に目指すことができる、食べていけそうな職業でもあると考え、転職を目指すに至った。だから2026年は仕事を辞めて、教員免許取得と教員採用試験合格に向けて走り続けるつもりでいる。
学生の時から数えて8年ほどいる関西を出て東京に行こうと思ったのは、京都の蒸されるような夏の日の朝、会社に行く途中で特に具体的理由があったわけではないのだが、「あ、もう潮時だな」と思ってしまったからである。もう1つは出張で東京に行く度、ここで働いて暮らすとはどういうことなのかとずっと考えていたから。東京に住む・働くとは何なのか考えてみたいと思った。友人も関西から出て、今は恋人もおらず人生の舵を大きく動かせる時期である。まだよく知らない街で目指している職業で働くことを想像すると、10代の頃によく感じてた前向きなエネルギーが出てくる。
Twitterであまり真面目なことを書かない分、ここではつい生真面目なことを書いてしまう。それじゃあ2025年もありがとう!よいお年を!
やりたいこと・やりたくないことで人生が駆動していく
今年は思ってもみない形で人生が進んでいる。院修了後に同研究室の友人と、数年働いて人生がまだつまらなかったらまた大学に戻ればいいのではないかと話していた。1年働いてみて、食っていけるが面白味が皆無の今の仕事をこのまま続けると、次第に失いたくないものも増えていき次の場所へ行くときの足取りが重くなりそうだなと思い、2月末に通信の大学に通うことを決めた。俗っぽくなるが、通信に入るもう1つのきっかけは、興味ある職業で働いている人とマチアプで話す機会があったから。先のことを考えると恋愛をしたほうがいいのではないかと思いマチアプを始めたけれども、疲れて辞めてしまった。ただ、マチアプの人と話していてその職業への関心が強まり、目指したいなと思ったので通信に入った。
4月から毎日、仕事(ほぼ残確定)→レポート→深夜ラン(3km)をずっと繰り返している。院試や修論のときと比べてやるべきことが膨大というしんどさはあるが、内容は比較的軽いので何とかもっている。むしろ、身体がこのままついてきてくれるかどうかが心配。あと、キャパシティのほとんどを仕事、通信、生活維持に割いているため、映画や本への関心は急激に薄まった。読みたくて買った法学系の本もずっと積んである。今年見た映画は少ないけれど、敵、トワイライト・ウォリアーズ、国宝はとてもよかった。一応キャスとスペースはちゃんと聞いている。
本当は恋愛や趣味もしながらやりたいことを頑張れればいいのだが、自分の不器用な性格は十分というほど知ってるし、複数の物事を同時進行させた途端に全てなし崩しになるのが容易に想像つく。でも、20代の内にもう1度やりたいことに向けて自分を追い込んでみたかったので充実はしてる。したくない仕事、本来は恋愛目的ではじめたマチアプで自分の人生が思いもよらない方向へ駆動していき面白いなと思う。
久々の投稿 2025年
随分更新していなかった。前回投稿時の自分はまだバイトしながら修士論文を書いていて、あまりの時間の流れの早さに置いてけぼりになりそうだ。今は大寒波到来中で冷えたキーボードに耐えながら文字を打っているよ。
久しぶりに投稿したのは、2025年の目標とやりたりたいことを記そうと思ったから。
2025年の目標・やりたいこと
1. 社会学の勉強を続ける 今は『社会を知るためには』と『社会学 「非サイエンス」的な知の居場所』を読み込んでいる。
2. 今聴いている人のキャスやスペースを引続き聴く
3. 映画と本以外の趣味を1つでいいから増やす。本と映画は勝手に読むし見るので特に書かないでいる。
4. 新しい友達をもつ
5. 遠いところへ出かける 候補は東京、豊島、大好きな友達がいる長野か北海道
6. 週2回は走る
7. 他人に興味をもつというか人がどのように世界を見ているのか考える
8. 恋愛…?
とりあえず会社人間1年目を無事終えることを目指しながら、上記のことをぼちぼちやっていく。また近いうちに更新するつもりなので、おやすみなさい。
夜が明けたら1番早い列車に乗るから
前のブログからしばらく更新できなかったのは、修士論文関係で忙しくしてたから。無事と言っていいのか分からないけど、修論執筆と口頭試験を終えた。まあ大した出来でもないし、教授たちにはボコボコにやられるしで辛かった。というより、大学院での修士2年間がひたすらキツかった。先生が要求するレベルに付いて行けず、周りの学生もかしこだし。専攻分野は特に将来の生活につながるわけでもないし、途中何度もこれ(大学院での生活)に意味はあるのか?と疑っていた。そういう意味で、最後まで神戸の街を好きになることはなかった。
それでも、自分の実力不足を嫌というほど認識できたし、好きな先生にも出会えた。1つ下の学年の子や留年した子と仲良くさせてもうこともできた。大阪湾一帯と遠くにある梅田の街を眺める景色にも出会えた。修論を通じて、論文を読むことや書くことを曲がりなりにも学んだつもり。これらは今の僕を支えてくれる要素。大学院に進まなかったら、つまんない労働生活に明け暮れていたと思う。だから、ひたすら辛かった分、得たものも大きかったのかもしれない。
今週に神戸を去り、学部生のときに過ごした京都で働く予定。前までは一刻も早く去りたかった神戸だけど、去り際になって色々思い出し少し後退りしそう。まあ残る気持ちは全くないけれども。ああ、切符を買っておかなくちゃ。夜が明けたら、1番早い列車に乗るから。思いを馳せながら、新しい街に向かう列車にね。
よく晴れた「文化の日」の午後
11月なのに、気温が25℃もある。今日は文化の日にかかわらず、アルバイトに行って労働をしなくてはならない。バイト先でお客さんがいないときはTwitterをしているので、それに救われているところはある。
今月末は、修士論文の最終報告をしなくてはいけないので、余裕を削がれていく日々が続いている。ゆっくり本や映画を摂取したいけど、頑張るしかない。先日友人から誕生日プレゼントとして貰った『コンビニ人間』あたりを読みたいな。
普段、社会科学系の学問で修論を書いているせいか、いざ自分のことを書こうとすると何を書けばいいか分からない。こんな感じだけれども、好きなことを書いていこうと思う。
それでは、またね。